炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

そのさん/しーん5

 授業が終わり、家庭科室から生徒達が出てくる。

 クラスメイトたちから少し遅れて歩く瑞樹の足取りは重く、表情は沈んでいた。

「あーあ…」
 溜息を零しながら、紙袋の中に入ったカップケーキを眺める。
 何度見直したところで、黒焦げになったそれは黒焦げのままだ。
「やっぱり私、向いてないのかなぁ」
 ダメもとでひとつ食べてみたが、正直食べられたものではなかった。
 その事実が余計に彼女を気落ちさせ、歩を遅らせていた。


「はいっ、これ康助さんにです」
 ふと、聞きなれた声が前方から聞こえる。
「え? あぁ…えと、さんきゅ」
 すずりが可愛らしい包みを康助にて手渡していた。察するに、クッキーだろう。
 ちゃんと渡せたのね。そう思い、瑞樹の表情が少し和らいだ。


「ふふ、よかったわね伊賀野君?」
「ふえ?!」
 包みを手にしたまますずりを見送っていた康助が、背後から声をかけられて驚く。
「ゆ、杠葉さん。あ、いやそのっ」
 慌てて包みを後ろ手に隠す。瑞樹に誤解されまいと、別の話題を探しに目線を泳がす。
「…あ、それ。その紙袋」
 僅かに漂うバニラの香りで、康助は女子たちが調理実習であったことを思い出した。
「え? あ、いやそのっ」
 今度は瑞樹が慌てる番だった。
「作ったやつの余り?」
「う、うん…そうだけど」
 あまり触れて欲しくない話題に、言葉を濁す瑞樹。そうとは気付かず、康助は紙袋の中身に興味津々だ。
「へぇ…杠葉さんのことだから、きっとうまく出来てるんだろうな」
 そして瑞樹の調理スキルを知らない康助の発言。
「そ、そんなこと…あっ」
 うろたえる瑞樹の手から紙袋が落ちた。
「おっと!」
 咄嗟に康助が手を伸ばし、事なきを得る。
「ふぅ。セーフセーフ。…あ、あのさ」
「え?」
「もしよかったらなんだけど…ひとつ貰っていい?」
 頬を紅潮させながら、康助が問う。
「えっ、あ、うん。いいよ」
「ほ、ほんと? ありがとう!」
 いつものようにさらっと快諾した瞬間、はたと気付く。
「あ、ごめん! やっぱりダメっ!!」
 しかし時既に遅し。
 康助の口には黒コゲのカップケーキが収まっていた。
「…………」
「…………」
 お互い、沈黙。

「…え、えーと…なかなか独創的なチョコカップケーキで」
「それ……プレーンなんだけど」
 再び沈黙。


「ご、ごめんなさいっ!」
 弾かれたように、瑞樹が頭を下げた。
「私、実はこうゆうのあんまり得意じゃなくって。てゆうかむしろ苦手で…」
 マズいものを食べさせてしまった申し訳なさで、瑞樹の瞳が潤む。
「ん…いや、悪くないと思うよ」

「……え?」
 穏やかな康助の言葉に、瑞樹は視線を床から戻す。
「まあ、ちょっと焼きすぎではあるだろうケド」
 苦笑しながら、康助が続ける。
「縁だって、昔はこれくらい…いや、これよりヤバいの作って俺に食わせたことあったしね」
 すくなくともソレに比べれば全然おっけー。
 そう言って、康助がおどけたように笑ってみせた。
「大丈夫。杠葉さんは器用だし、スジもいいからきっとすぐうまくなれるよ。俺が保証する」
「伊賀野くん…」
 だからさ、と康助は照れくさそうに言葉を紡ぐ。
「うまくいったら、また食べさせてくれると…うれしい」
 って、何言ってるんだろ俺。
 と、頬をかりかりとかきながら笑う康助に、瑞樹の表情にも笑みが戻った。
「…うん、約束ね」
「あ……ああ」


「おーい、何やってンだ康助ー。先行くぞーっ?」
「あ、悪い」
 遠くから辰平の声が飛び、康助がそれに応える。
「じゃ、俺、ちょっと用事あるからこれで」
「あ、うん」
 踵を返し廊下を駆け抜ける康助を見送る瑞樹。その視線は、温かいものに満ちて。
「伊賀野康助くん…か」

 すずりちゃんやゆかの気持ち、ちょっとだけわかった気がするな。

 心の中で、そう呟いた。




   かのくの:そのさん→おわり



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 終わったー。
 さて、執筆開始当初からあったストックがこれにてネタ切れ。
 まぁ、既に暖めてるネタが無いわけじゃないので、これからも「かのくの」は続くのですよ(ずびしっ
 さて、またがんばろー。

 …職場の新装オープンとか死にそうになるイベントが目白押しだけどね(トオイメ



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