授業が終わり、家庭科室から生徒達が出てくる。
クラスメイトたちから少し遅れて歩く瑞樹の足取りは重く、表情は沈んでいた。
「あーあ…」
溜息を零しながら、紙袋の中に入ったカップケーキを眺める。
何度見直したところで、黒焦げになったそれは黒焦げのままだ。
「やっぱり私、向いてないのかなぁ」
ダメもとでひとつ食べてみたが、正直食べられたものではなかった。
その事実が余計に彼女を気落ちさせ、歩を遅らせていた。
「はいっ、これ康助さんにです」
ふと、聞きなれた声が前方から聞こえる。
「え? あぁ…えと、さんきゅ」
すずりが可愛らしい包みを康助にて手渡していた。察するに、クッキーだろう。
ちゃんと渡せたのね。そう思い、瑞樹の表情が少し和らいだ。
「ふふ、よかったわね伊賀野君?」
「ふえ?!」
包みを手にしたまますずりを見送っていた康助が、背後から声をかけられて驚く。
「ゆ、杠葉さん。あ、いやそのっ」
慌てて包みを後ろ手に隠す。瑞樹に誤解されまいと、別の話題を探しに目線を泳がす。
「…あ、それ。その紙袋」
僅かに漂うバニラの香りで、康助は女子たちが調理実習であったことを思い出した。
「え? あ、いやそのっ」
今度は瑞樹が慌てる番だった。
「作ったやつの余り?」
「う、うん…そうだけど」
あまり触れて欲しくない話題に、言葉を濁す瑞樹。そうとは気付かず、康助は紙袋の中身に興味津々だ。
「へぇ…杠葉さんのことだから、きっとうまく出来てるんだろうな」
そして瑞樹の調理スキルを知らない康助の発言。
「そ、そんなこと…あっ」
うろたえる瑞樹の手から紙袋が落ちた。
「おっと!」
咄嗟に康助が手を伸ばし、事なきを得る。
「ふぅ。セーフセーフ。…あ、あのさ」
「え?」
「もしよかったらなんだけど…ひとつ貰っていい?」
頬を紅潮させながら、康助が問う。
「えっ、あ、うん。いいよ」
「ほ、ほんと? ありがとう!」
いつものようにさらっと快諾した瞬間、はたと気付く。
「あ、ごめん! やっぱりダメっ!!」
しかし時既に遅し。
康助の口には黒コゲのカップケーキが収まっていた。
「…………」
「…………」
お互い、沈黙。
「…え、えーと…なかなか独創的なチョコカップケーキで」
「それ……プレーンなんだけど」
再び沈黙。
「ご、ごめんなさいっ!」
弾かれたように、瑞樹が頭を下げた。
「私、実はこうゆうのあんまり得意じゃなくって。てゆうかむしろ苦手で…」
マズいものを食べさせてしまった申し訳なさで、瑞樹の瞳が潤む。
「ん…いや、悪くないと思うよ」
「……え?」
穏やかな康助の言葉に、瑞樹は視線を床から戻す。
「まあ、ちょっと焼きすぎではあるだろうケド」
苦笑しながら、康助が続ける。
「縁だって、昔はこれくらい…いや、これよりヤバいの作って俺に食わせたことあったしね」
すくなくともソレに比べれば全然おっけー。
そう言って、康助がおどけたように笑ってみせた。
「大丈夫。杠葉さんは器用だし、スジもいいからきっとすぐうまくなれるよ。俺が保証する」
「伊賀野くん…」
だからさ、と康助は照れくさそうに言葉を紡ぐ。
「うまくいったら、また食べさせてくれると…うれしい」
って、何言ってるんだろ俺。
と、頬をかりかりとかきながら笑う康助に、瑞樹の表情にも笑みが戻った。
「…うん、約束ね」
「あ……ああ」
「おーい、何やってンだ康助ー。先行くぞーっ?」
「あ、悪い」
遠くから辰平の声が飛び、康助がそれに応える。
「じゃ、俺、ちょっと用事あるからこれで」
「あ、うん」
踵を返し廊下を駆け抜ける康助を見送る瑞樹。その視線は、温かいものに満ちて。
「伊賀野康助くん…か」
すずりちゃんやゆかの気持ち、ちょっとだけわかった気がするな。
心の中で、そう呟いた。
かのくの:そのさん→おわり
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終わったー。
さて、執筆開始当初からあったストックがこれにてネタ切れ。
まぁ、既に暖めてるネタが無いわけじゃないので、これからも「かのくの」は続くのですよ(ずびしっ
さて、またがんばろー。
…職場の新装オープンとか死にそうになるイベントが目白押しだけどね(トオイメ
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↑webはくすー。3人娘の活躍はこれからだぜーい