シーン8:炎/Enzin
現れた闖入者に、ルメーズの腕が振り下ろされる。「危ねぇッ!」と猛竜が女法師を突き飛ばしそれを回避すると、猛流は自分の眼前に突きつけられた一つの鉄塊を目の当たりにした。
否、それは……
「俺の腕!」
「そ。ようやく直ったから渡しに来たのよ。あんたがホラーの討伐に出たって聞いたから、そろそろテスト用の義手を使い果たして泣きべそかいてるんじゃないかと思ってね?」
「誰が泣くかっ!」
全力で抗議する猛竜に、「はいはい」と受け流しながら義手を手渡す。早速取り付けると、それは僅かな違和感も無く猛竜の生身と重なった。一瞬で吹き飛ぶ幻肢痛。浮かべていた脂汗が一気に吹き飛ぶ感覚を、猛竜は覚える。
「元以上に直したって自負はあるよ。精々暴れておいでな!」
「これだこれ! こいつを待ってたんだよ!」
伏していたテンションが急上昇する。ルメーズに飛びかかり、いきなりトドメとばかりに剣を振り下ろす猛竜だったが、その刀身は新たに分泌された大量の粘液によって阻まれた。
「ぬな!?」
ルメーズ全身のあらゆる場所に、粘液がまとわりつき、それは鎧のように硬質化していく。戦う身体を取り戻した魔獣が、息を吹き返したように咆哮をあげた。
「っち、復帰しちまったか。だが、本調子なのはこっちも同じってな! 今度こそテメェの陰我、ぶった斬ってやるから覚悟しやがれッ!」
猛竜がそう言い放ち、“右”の人差し指をビシっとルメーズに向ける。
「……ん?」
ふと、猛竜が違和感を覚える。法師に修理を依頼していた右手を象った義手は、その実削りだしただけのソウルメタルの塊である。本来、指は開くべくも無いのだ。
しかし、今。現に今、猛竜の義手は人差し指をピンと伸ばし、その指先を魔獣に向けている。
「お、おいおい。おめえこんな改造……」
「いやいや、私だってしちゃいないさ。これは……」
直した本人も驚きの表情で義手を見る。猛竜は「よし……」と義手を睨みつけ、意識を右手に集中させた。
「うぅぅぅぅ……うぉぉぉ……ぉぉぉぉおおおっ!」
ソウルメタルは、持ち主の心を映す。
猛竜の強い意志が、想いが、握り拳でしかなかった義手を開かせる。人差し指に次いで、親指。中指、そして薬指と小指はほぼ同時に開き、存在しないはずの掌を露にした。
「うおりゃあっ!」
開いた義手が、猛竜の魔戒剣を掴む。かつて、そこに存在した自分の右手がよみがえるような感覚。猛竜の心が躍る。
「……ガアッ!」
ルメーズの攻撃! 粘液が固まった巨大な爪が襲う。しかしそれを、振り抜いた柳葉の刃が阻んだ。
「すげえ……こいつはすげえ! 今なら何でもできそうな気がするぜッ!」
嬉々として剣を振る猛竜。その眼に移る切っ先の軌跡が環を生み、転瞬、猛流の身体を炎刃騎士ゼンの深紅の鎧が包んだ。
「うおおおおおっ!」
狼の面が吼え、猛竜が叫ぶ。重なりし二つの雄叫びが熱を帯びる。
一合、二合と斬り結ぶ度に走る火花。それに熱気が引火して、剣を握った右手に紅蓮の劫火を呼んだ。
猛る烈火が、刃を、義手を、鎧を溶かし綯い交ぜに……ひとつにする。
「すっ……ごいわね」
女法師がぽつりと呟く。ゼンの右腕は、その銘通りの“炎”の“刃”となったのだ。
「っだらあ!」
炎の腕を振るう毎に、紅き魔導の火力がその勢いを増す。灼熱の刀身が斬撃の軌跡を描く毎に、それはホラーの肉を裂き、骨を絶ち、血を焼き払う。
「ぶった斬られて……燃え尽きやがれやぁぁぁぁぁっ!!!」
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――猛竜の咆哮が轟き、“炎刃の鋼腕(かいな)”が、歪んだ蒐集の欲望に塗れた魔獣の、その陰我を縦一文字に断ち斬った。
-つづく-
“炎刃の鋼腕”発動中は右腕のみまるっと烈火炎装しているものと思っていただければ。
ついでに言えば、義手と魔戒剣が一体化しているので手首から刃物生えてるような感じです。
誰か挿絵描いてくれませんかね? 勇者パースで(ぇ
さてさて。
ローテ組みながらじわじわ書いてた闇照スピンオフも間もなくエンドマーク。
次戒はエピローグとなっております。もうしばしのお付き合いを。
そしてそして。
今回ついに陰我消滅したホラー・ルメーズについての解説をば。
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<ホラー・ルメーズ>
蒐集と奪取・窃盗の陰我を司るホラー。
元々は強い物欲・蒐集癖を持った人間を好むホラーであり、またその捕食対象の集めていたものうち、最も想いの強いものを腹に仕舞いこむことも好む。転じて彼(?)自身にも蒐集欲が芽生え、捕食抜きでも蒐集するようになる。
体内に取り込んだ蒐集物を保護するための粘液を分泌する能力を持ち、あるときその粘液がソウルメタルの対ホラー特性を緩和する効果を偶然知ってからは魔戒剣を初めとした魔戒騎士の武具をも蒐集対象に加える。ただし、完全に無効化するわけではないため、その実かなり我慢して取り込んでいた模様(当人(?)はそれすらも蒐集の愉しみと感じていたようである)。
また、粘液を体表に伝わせることで、全身から体内に格納した魔戒剣を“生やし”て攻撃することも可能。
全身がヤマアラシもかくやの姿になっていたことから、相当数の魔戒騎士が武器を奪われていたようである。
なおこの粘液は火や熱に非常に弱く、魔導火などで簡単に蒸発させることができるが、空気に触れさせることで硬質化し、並の攻撃ならば阻むほどの鎧を生成する(“剣の鎧”時には常時分泌状態を維持することで硬質化しなかった)。
さぁ、後ひとふん張り。牙ンバ狼ぜ、猛竜!