「…よし、こんなもんか」
ステラ座の通用口前で、装備の確認を行う。腕と足をフォローする簡単な防具に、得物は城の工場で受け取った刀が一本。お世辞にもいい装備…とは言えないが、身を守る分にはひとまず充分だろう。
「よう、準備はいいか?」
地下室への階段から男が顔を出して声をかける。革命団メンバーで、武器屋兼道具屋として物品調達を任されているカッスル・グロンダイクだ。城にいたラッキーと初めて接触したのが彼であり、ラッキーの持つ刀を用意したのも彼だ。
「とりあえずはな。色々不安っちゃ不安だけどよ」
「そりゃこっちのセリフだ。ったく、ミュゼの奴…デモンゲイザーと戦ったことがあるってだけでデモンの使い方を教えてやれって無茶振りにも程があるぜ」
デモンゲイザーなる存在は自分以外にも居るらしい。
「そいつ…どんな奴だったんだ?」
「んー…頭抜けたお人好しだな。ああ、お前ともちょっと似てる気がするわ」
「俺はお人好しなつもりはねえよ…」
「はっ、よく言うぜ。いくら幼馴染とはいえ、記憶もないお前にとっちゃ初対面もいいとこのミュゼの頼みを聞こうってんだからな」
カッスルがからからと笑い、ラッキーは口を尖らせてそっぽを向いた。
「まぁ、立ち話はこの辺にして…まずは小手調べだ。近くの“禁域”に向かうぞ」
「禁域?」
「行きゃわかるさ」
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ステラ座からさほど遠くないところに、オルム街なる歓楽街がある。
「アステリアじゃ一番賑やかな場所さ」
とはいえ本格的に賑やかになるのは陽が落ちてからだろう。あたりの店はどれも戸を閉めており、行き交う人々も少ない。
カッスルの言う禁域とは、裏通りの路地の先にあるという。
「こっちだ、迷子になるなよ…」
おっかなびっくり進むペガサスの手を引きつつ、カッスルについていくと…明らかに外とは様相の違う街並みに入り込んだ。
「ようこそ、禁域へ。ここは666番街…ステラ座から一番近いところにある禁域だ」
カッスル曰く、アステリアの各所にはこういった禁域と呼ばれる立入禁止区域があるという。
「禁域には魔物がたっくさん出るの。だからデモンが禁域にいて、魔物が外に出て行かないように管理してるんだって」
「…ま、表向きにはな」
ペガサスの説明に、カッスルが付け足す。
「とりあえず危険な場所だって認識でいい。現に、お前は禁域で捕まっちまったからな…」
「そうなのか?」
「…あー、その辺の記憶もねえんだな」
話をしながら禁域を歩いていると、すぐ前をラッキーを守るように進んでいたペガサスが足を止めた。
「…魔物だよ、お兄ちゃん!」
鋭い声に身構える。ほどなくラッキーたちの前に子供くらいのサイズの魔物が飛び出してきた。
「っと、ゴブリンか。最初の戦いにゃおあつらえ向きだな…よし」
じゃあ戦ってみろとカッスルに促され、ラッキーは素早く刀を振り抜く。不意を突かれたゴブリンは即座に首と胴体が物別れになった。
先のペガサスとの戦いでも感じたが、記憶はなくとも戦い方は身体が覚えているらしい。
「おお、鮮やかなもんだ…ってそうじゃねえよ!デモンを操れよデモンゲイザー!」
「…いや、操れったってどうすりゃいいんだよ?」
「あん?」
ミュゼから戦い方を教えろと頼まれたのはカッスルだ。とはいえデモンゲイザーならぬただの武器屋に、ノウハウなどわかるはずもなく…
「ええとそりゃ…アレだよアレ。力が湧いてくる感じしないか?片目が疼く!とか、脳裏に謎の声が…!とかよ」
「…あるわけねーだろバカにしてんのか?」
「ああっ!もう!だから無理だっつったんだよ」
カッスルが頭を抱えるのを尻目に、ペガサスが残る一体を片づけて戦闘が終わってしまう。
「…どーすんだよこれ」
「オレに聞くなよ…くそ、こんなことならアイツから戦い方聞いとくんだったぜ…」
転がった魔物の死骸を前にため息をつく二人の耳に、この場に似つかわしくない笑い声が届いた。
「…ははっ、困ってるみたいだね」
二人が振り返ると、ローブを身に纏った少年が佇んでいた。
「デモンの使い方…僕なら使い方を教えられるよ?」
「き、貴様は…ッ!?」
その人物は二人とも見覚えがあった。工場を脱出する際に現れた追手…つまり敵側の人間だ。
「さて、どうする…って、答えを待ってるヒマはなさそうだけど」
先ほどの戦闘に気付いたらしい別の魔物が集まってきていた。
「やべっ、囲まれちまった!」
「おいおい、流石にこの数は3人じゃ追っ付かねえぞ?」
「しれっと俺を頭数に入れてんじゃねえよ。自慢じゃねえがそこまで腕っ節に自信はねえぞ?」
「確かに自慢じゃねえなオイ!」
「…漫才はそこまでにしてくれるかい?来るよ!」
ローブの少年が声を上げると、それに合わせたかのようにゴブリンが躍り出る。
「やれやれ…まぁいいさ。デモンゲイザー、確かに君たちでこの数の魔物は御しきれないだろう。でも…君が連れているペガサス」
「…ほえ?」
「今は人間のような姿をしているけど…これが真の姿じゃあないっていうのは、君が一番よく知っているだろう?」
男の言葉に、工場での出来事を思い出す。ミグミィという、小柄な種族の姿をしているこの少女が、半人半馬のような姿に変身したのだ。
「本当の力を使わせるためには、この子を変体させる必要があるんだ」
「…ヘンタイ?」
「カタカナで言うんじゃあないよ…ともかく変体…“トランスデモン”させれば、デモンは真の姿を取り戻すよ」
左眼に意識を集中させて!とローブの少年の指示に合わせ、ラッキーは刀を構えて呼吸を整える。
「こうか?──トランスデモン!」
刹那、ラッキーの左眼から閃光が迸る。気づくと、傍のペガサスはあの時見た姿に変わっていた。
「わあっ、へんしんできたよ!」
「変身じゃなくて変体ね…まぁいいや、うまくいったみたいだね。さすがはデモンゲイザーってところかな?」
ローブの少年に曰く、デモンは変体することで能力が格段にアップするのだという。
「今のペガサスなら、これくらいのゴブリンの群れはものの数じゃあない。さ、デモンは君の指示なら何でも従う。蹴散らしてしまおう!」
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「…元に戻っちゃった」
最後の一体を斬り捨てると同時に、ペガサスが再びミグミィの姿に戻る。
「ああ。デモンの真の姿は、あまり長い時間維持できないんだ。君の中にデモン専用の魔力みたいなものがあってね…それが尽きると変体が切れてしまうから気をつけて」
しばらくすると回復するらしいが…トランスデモンの使い所はしっかり考えなければならなそうだ。
「ま、強敵相手なら迷わず使うことをお勧めするよ」
「そうだな…そうさせてもらうぜ。差し当たり…あんたを斬るためにとか?」
ラッキーが刀の切っ先を少年に向ける。少年は微動だにせず、ぼんやりとした雰囲気でラッキーの魔眼と切っ先を交互に見つめた。
「…何のつもりだ?あんたはマグナスターの部下なんだろう?俺たち革命団は敵じゃあねえのか?」
「…なんのことはないよ」
肩をすくめて、少年がため息をつく。
「デモンゲイズは僕が与えた力だからね。どうせなら正しく使って欲しいんだ」
「ッざけんなよ!こいつが全部忘れちまったのも、魔眼になったのも貴様らの所為じゃねえか!」
激昂したカッスルが詰め寄る。
「まぁまぁ落ち着いて…僕は別に戦いにきたわけじゃあない。それに…力を利用しているのはどっちかっていうと君たちの方だろう?」
それを責めるつもりはないけどね。と、少年は飄々と呟く。
「でも、肝心の使い方がわからないんじゃあ本末転倒もいいところだ。折角の虎の子を、こんなところで失うことにだってなりかねない」
「…ま、正論だわな」
ラッキーは刀を納め、少年を魔眼ごしに睨みつける。
「じゃあせいぜい利用させてもらうぜ。あんたが知る、俺の魔眼のことを全部教えな」
「ふふっ、聞き分けのいい子は好きだよ」
少年は朗らかに笑って、次なる説明のために歩き始めるのだった。
「…って、そっち出口だぞ?」
「おおっと…」
–つづく–
と言う感じの1日目。とはいえこの回のダンジョンアタックは実質チュートリアルですね。
さて、記事タイトルについては前回同様に日付で回数を区切る方式をとっていますが、2では前作に存在した家賃システムがよっぽど不評だったのかありません。
この辺の(個人的)ルールについては、次回以降で出していきます。