炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】紅蓮の剛刃:シーン7【紅蓮騎士篇】

シーン7~かこ と いま



 ―――遠い日の記憶。

 “それ”は、突如現れた。

 仲の良かった幼なじみが、怪物に襲われた。

 行くなと言われた、夜の森に出て。

 魔戒騎士である父親が経営している孤児院にいた、同い年の少女。冷やかされながらも、僕たちはいつも一緒にいた。

 彼女が、孤独を恐れてるって知っていたから。



 ある日、些細なことで言い争いになって、始めて僕は、彼女に手をあげた。

 彼女は、泣いていた。

 僕は、追いかけることが出来なくて―――

 外であがった悲鳴にも、最初は耳を塞いだ。


 父親が彼女を連れてきたとき、その身には病が刻まれていた。

 曰く、死に至る病
 曰く、不治の病。

 目の前が、真っ暗になった。

 僕の所為で。
 僕の大切な人が、死に至ろうとしている。
 僕に何が出来るだろう。
 できることがあるなら、何でもしたかった。

 『…助けてあげようか? その娘』

 声がした。

 『その娘に”私”が入れば、その体の時間を停めることができる。病ごとね。その間に、あのホラーの血を得ることが出来れば、その娘は助かるよ。その代わり…キミに約束して欲しい事があるの』

 その声は、僕に向けられていた。

 父親は、空に響く声に怒鳴った。ものすごく焦っているようだった。

「…何をすればいいの?」
 父親は、そういった僕に詰め寄り、やめろと言った。でも、僕は決めたんだ。

 彼女を、助けたいから。

 声は、慈愛を帯びた声で、こう言った。

 『一刻も早く、立派な魔戒騎士になりなさい。そして……』



   * * *



「…ん?」
 ティータイムに興じていたエウルディーテが、訪問者の気配に気付く。

「…はぁ、はぁ…」
 肩で息をする斬の姿を見ると、彼女の顔が綻んだ。
「おかえり、斬♪」
『…どういうつもり?』
 斬の代わりに、ヴィスタが口を開く。その声は冷たく尖った刃のようだった。
「あら、何が?」
 ころころと微笑むエウルディーテに、ヴィスタの怒りが爆発した。
『何がってねぇ…! この十日間、ホラーの討伐を全部斬にだけ任せているじゃない! たまにこうやって番犬所に戻ってもすぐ指令が…いくらなんでも不条理よ!』

「いいんだ…」
『!?』

 不意に発せられた斬の声に、ヴィスタは言葉を失う。
「ホラーを討つ。それが、俺たち魔戒騎士の仕事なんだから…」
「さっすが斬! わかってるぅ☆」
「だが…もうそろそろいいだろう」
 斬が懐から小瓶を出す。エウルディーテは、斬の静かな迫力に気圧され、少し退がる。

「あの日から7年…あんたの望みどおりに魔戒騎士になった。100体のホラーを封じ、魔導馬も得た。あのホラーを、俺の手で斃した…」
 歩み寄る斬、あとずさるエウルディーテ。
「あんたとの約束は果たしたはずだ。今度こそ…“かなみ”を、取り戻させてもらう」


「……わかったわ」
 エウルディーテが呟くように言った。
「…じゃあ」
「でも、最後に一つだけ…お願いを聞いてくれないかしら?」
『貴女ッ…!いいかげんに…』
 声を荒げるヴィスタを、斬は手で制した。
「最後、なんだな」
「ええ」
 エウルディーテは一呼吸置いて、口を開いた。
「その血清を使えば、彼女の病を癒すことができる。私がこの体に留まる理由もなくなるわ。…でも」
「?」
「私はこの南の番犬所を預かる神官。人間界と魔界とを繋ぐ者。彼女の体を手放した後も、わたしは神官としてこの場にいなければならない。…そのために、新たな依代が必要なの」
 エウルディーテの言葉の意味を理解し、斬の表情から色が消える。
「そう…“私”のための新しい体を用意して頂戴。この際こだわりはないわ。…まぁ、できれば若い女の子の方がいいけどね♪」

 エウルディーテがきゃはは、と笑った。



  -つづく-