炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】-盤 戦-<前編>

「―――さァて、ルールの確認だ」

 30代くらいの、無精ひげの男がにやりと笑う。
 碁盤に良く似た盤上に、64の升目が区切られ、そこに赤と白の駒が並べられていく。

「ま、つっても基本的なルールは普通のバルチャスと変わらねぇ。ただし―――」

 ひょいと駒をひとつ持ち上げる。

「30秒以内に指さねえと…てめぇの側の駒が、どれか一つ、ボカン! だ」

 驚かすように声をあげ、駒を放り投げる。ふわりと舞った駒が、寸分違わずもとのマスに吸い付くように収まった。

『ふぅん…<早指しバルチャス>ってワケね。…できるの? ゼロ』
「……ま、バルチャス自体は父さん相手に何度も指したことはあるからね。…その早指しってのは初めてだけど…ま、なんとかなるんじゃない?」

 グローブに縫い付けられた魔導具・シルヴァの問いかけに、ゼロこと鈴邑 零がのほほんと応えてみせる。

「……余裕を見せていられるのも今のうちだぜ、魔戒騎士さんよ」

 男が低く笑う。

「せいぜいドツボにハマってくんな。それもまた、バルチャスの楽しみの一つってヤツだ」

 そんな男の様子に、零は薄く笑いながら、腋の下に冷たい汗が流れるのを感じた。




   牙狼<GARO>-盤 戦-




「……“バルチャス打ち”?」

 零が聞きなれない単語を聞いたのは、武器の浄化に立ち寄った西の番犬所でのことだった。

「はい。魔戒騎士でも魔戒法師でもない。ただ、バルチャスを打つ事だけに執着している男が、近くこの管轄内に入ったとの連絡がありました」
 痩身の男…西の神官…が、いつもの苦虫を噛み潰したような顔で淡々と告げる。
「魔戒騎士や魔戒法師に見境無くバルチャスをしかけ、その全てに勝利しているのだとか」
『ふぅん…流しの将棋指しみたいなものなのかしらねぇ』
「それにしたって、将棋やチェスみたく競技人口が多いわけじゃないのにな」
 どんな酔狂なヤツが…と興味を持ちはじめる零を、気付いた神官が釘を刺す。

「なりませんよ。魔戒騎士がそんなものに時間を裂かれれば、本来の使命に影響を及ぼしてしまいますからね」
「わかってますよ。俺だって面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだし。せいぜい捕まらないようにするさ」

 浄化が終わり、狼の像から現れた短刀を祭壇に納めると、零は用事は済んだとばかりに番犬所を後にした。


   *


「……あ」
『どうしたの、ゼロ?』
「さっきの“バルチャス打ち”っての。どんな格好かとか聞くの忘れてたな」
 容姿を知らなければ避けることも難しい。
「……ま、いいか。またあの神官の仏頂面見に行くのも億劫だし」
 “バルチャス打ち”と言うなら、少なからず魔界に関わりのある人物だろう。なら、雰囲気でわかる。
「さて、おなかも空いたし。シュークリームでも食べに行くかな」
『……いつも思うけど、貴方の主食は砂糖なのかしら?』
 たまにはマトモな食事もとりなさい、と釘を刺すシルヴァに、わかったわかったと煩そうに手を振る零。

 ……と、そんな零の足が止まる。

「……!」

 ボロボロになった、魔戒法師の法衣を纏った男が、ギラギラと光る視線をこちらに向けていた。

(こいつ……強い)

 本能的に相手の実力を察し、自然と身体が戦いのそれへとシフトしていく。

「おおっと! まあ待ちな、魔戒騎士さんよ」

 と、男が豪快に口を開く。思わず零も、構えていた身体を元に戻した。

「?」

「俺ぁ喧嘩しに来たわけじゃねえんだ。ただ、バルチャスを打ちたいだけよ」

 背中にしょっていたのか、バルチャスに使う盤を取り出し、バン! と地面に置く。

「ほれ、来いよ」

 どっかりと胡坐をかき、ちょいちょいと零を手招く男。

『…なるほど、あれがウワサの“バルチャス打ち”ってことね』
「……悪いけど、俺は腹減ってんの。別のヤツ誘ってよ」

 しっしっ、と追い払う仕草をして踵を返す零。

「……逃げンのかい?」

 溜息混じりに呟いた男の声が、零の耳朶を打つ。その何気ない言葉は、零に火をつけるには十二分であった。

「………何だって?」
 ギロリ、と零が男を睨む。

「魔戒騎士ともあろうモノが、目の前で挑まれた勝負から逃げるのか、って聞いてンのさ」
「……もしかしなくても、挑発してる?」
「ああ」

 憮然と呟く零に、男はしれっと答える。

「……」
 零は溜息をひとつつくと、つかつかと盤の傍に歩み寄った。

『ちょ、ゼロ!?』
「口出しは無用だぜシルヴァ。これは、男と男の戦いってヤツさ。…挑まれた以上は受けなきゃいけない」
 荒々しく座り込み、盤面と男を交互に睨みつける。

「……そうこなくっちゃな」

 白い歯を見せて、男が笑った。


 ・
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 互いにルールの確認を行い、いざ手番を決める直前、思い出したように男が口を開いた。

「そうだ。男と男の戦いらしく……ひとつ賭けをしようかねェ」

 にやにや笑いを浮かべたまま、男が指を二本、零の鼻先に突きつける。

「20年の寿命、この勝負に賭けようぜ?」

 零の表情が、驚愕に凍りついた。


   -つづく-


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 牙狼SS。珍しくオリジナル主人公とか不在ですw

 まぁ、毎度毎度オリキャラしかいない牙狼SSばっかり書くのもアレかなーとか思ったのでw

 「バルチャス打ち」というネタ自体は、マイミクである天下さんのアイディア。 そして、ルールに用いている「早指しバルチャス」はこれまたマイミクのかぼさんの持ちネタです。

 なんともオリジナリティに欠けるネタですがまぁ楽しんでやってくださいw

 とりあえずは前後編を予定していますが…ヘタしたら延びそうだなァ…