炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

仮面ライダーBLOOD:第3幕/第4場

 タイヤが石を噛み、弾き飛ばしねじ伏せる鈍い音が足元で鳴る。
 指定された場所にたどり着いたエイジと達也は、バイクから飛び降り、周囲を見渡した。

「結花ーっ! どこだぁっ!?」
「達也、あれを!」
 エイジが指差す先、結花が無造作に立てられた鉄塔にくくりつけられていた。その顔は伏せられ、表情は読み取れず、微動だにしない。

「目立った怪我はないな……気を失ってるのか?」
「結花!」

 駆け寄った達也が頬を軽く叩く。一瞬、僅かに眉をひそめた結花だったが、意識は覚醒しない。薬で眠らされているのだろうか。

「とにかく、降ろすぞ」
「ああ……」

 と、エイジは鎖に伸ばしかけた手を止める。不意に、鼻腔に鉄の匂いが届いた。

「達也、離れろッ!」

 発した声と同時に達也の襟を掴んで飛び退く。刹那、空気を切る音が一瞬走り、達也のライダースーツを僅かに裂いた。

「んなっ!?」

 目を白黒させる達也を放り出し、さっと身構えるエイジ。その眼前で、黒い塊が蠢いていた。

「ぐむむ……さすが察しがいい」

 ゆらり、と塊が動き、人の形……というにはあまりにも異質なシルエットを顕す。

「てめぇっ、ウチの店を襲いやがったヤツだな!?」
「おや、生きとったか……人間相手に手加減をするのは久しぶりだったからな。うっかり殺しちゃおらんちょいと心配だったよ」

 蜘蛛の頭部を模した顔が哂う。達也がぎりっ、と強く歯噛みした。

「蟷螂の仲間か。……お前らの狙いは俺だろう。なぜ俺を直接狙わない!」
「直接狙ったところで返り討ちにあうのが目に見えているからな。我らの目的は、キサマを連れ帰ることだけだ」
 エイジを匿っている大門兄妹は、彼をおびき寄せるための最適のエサ。
「そうしてキサマは、まんまとオレが張った網にかかったってことサ。さぁ、分かったらおとなしく……つかまりなッ!」

 おもむろに口を開き、大きく息を吐く。にちゃり…と粘着質の音が小さくこぼれたと思った次の瞬間、白い粘液の塊が飛んできた。

「ッ!?」

 後頭部に感じた戦慄に従い、咄嗟に回避する。背後に転がっていた岩に命中したそれは、網状になりがんじがらめに岩を包み込んだ。

「逃げるなッ!」

 右腕を振り上げる。長く鋭い爪が、縛り付けられている結花の喉元を押さえた。

「おとなしくつかまれと言った。この小娘がどうなってもいいのか…?」
「くっ……」

 臨戦態勢をゆっくりと解く。怪人が満足げに頷くと、今一度口腔を広げた。

「おりゃああっ!!!」

 粘液を放った瞬間、咆哮とともに達也がエイジと怪人の間に飛び込む。蜘蛛の糸を模した網が達也の身体を絡めとり、自由を失った身体はそのまま倒れこんだ。

「達也っ!」
「俺はいいっ、早く結花を!」
「そうはさせるか!」

 達也に気を取られた隙をつき、怪人が続けざまに粘液弾を放つ。先ほどより規模の小さなそれはエイジの両足と右腕を捉え、地面に縫い付けた。

「しまった!?」
「手間かけさせやがる……。少しキサマの立場と言うものを理解させてやろうか」
「な、何を…?」

 怪人の爪が再び結花へと向けられる。

「このメスガキと、そこで転がってる兄貴を殺す。せいぜい巻き込んだキサマ自身をのろうんだな。……もっとも、連れ帰ってしまえば再度洗脳を施して、そんなことすら忘れてしまうだろうがな」

 爪の先端が結花ののどに触れる。

「目の前でゆっくり死んでいくさまを見ているがいい……」
「やめろっ!」
「結花ぁっ!!?」

 エイジと達也の声が石切り場に反響する。蜘蛛の怪人はくくく…と含み笑いを浮かべ、つま先に力を込めた。

「……!」

 と、その動きが止まる。蜘蛛怪人が驚愕に複眼を見開いた。エイジの、怒りに満ちた瞳が、真紅に染まっていたからだ。

「その手を……どけろ!」

 右手を封じていた粘液を力任せにはがす。皮膚がはがれ、じわりと擬似血液が赤くにじんだ。

「うおおおおおおっ!!!」

 吼えるエイジ。身体の中を得たいの知れぬ何かが駆け巡り、その身を変えようと粟立つ。

 ―――が、唐突にその変化が途絶えた。

「!?」

 急激に力が抜け、エイジが膝をつく。

「……かかったな」

 驚愕するエイジに、蜘蛛の顔がニヤリ、とほくそ笑んだ。


   -つづく-


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 変身が出来ないという状況は前話にもありましたが、ちょっと事情が違います。詳細は次回。
 そしてこっそり今回の怪人が蜘蛛な件。3話目にして蜘蛛て。