炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【桜藤祭】こーる まい ねーむ ☆ うぃず らぶ【みゆき】

 朝の日差しが日に日に穏やかになっていくのがわかる。

 高校卒業を経て、大学に入って、数週間。

 この日差しも、もうすぐじりじりと灼けつくものになるだろう。
 そうすれば、あっという間に夏だ。

 僕が“彼女”と過ごす、初めての季節が――くる。


「あ、おはようございます……っ」

 と、感慨に沈みかかった意識を呼び起こすのは暖かな声。振り返ってすぐ視界に飛び込むのは、誰よりも愛しい人の笑顔。

「ん、おはよ。みゆきさん」
「……ふぅ」

 あれ? なんか元気ない?

「どうかした?」
「あ、いえ……」

 僕の問いかけに、あわてて首を横に振る。なんかいつもと様子が違うような……

「あ、あのっ……ゆ……」
「うん?」

 突然声のトーンを上げたみゆきさんが、でもすぐに口ごもる。

「ええと……ご、ごめんなさい。なんでもないです……」

 困ったような、悔やむような笑顔を見せて、みゆきさんは「そ、それじゃあ私、こっちですので……」と言って、踵を返して足早に講義棟へと駆けていった。

「……あれ、1限目そっちだっけ?」

 確か僕と同じ授業とってたような……


 ――数十秒後。
 漸く気づいたみゆきさんが、顔を真っ赤にして引き返してきた。



     こーる まい ねーむ ☆ うぃず らぶ



「……で、相談って?」

 そんなことがあった数日後。彼女の自宅に呼び出されてやってきてみれば、しょぼーんとうなだれた恋人の姿がある。
 何があったかにせよ、見過ごせる状態ではない。

「その……実は、ですね」
「うん」

 ええと……その……と、言葉を選ぶように口を小さく動かすみゆきさん。
 なにやら珍しい気もする。まぁ、もともと言いたいことをすぱっと言うような人ではないにせよ、頭の回転が早い人だし、言葉を選ぶにしても即座ってやつなのだ。

「私たち、もうお付き合いしだして半年くらいになるんですよね」
「あー……出会ったのが高3の秋だから、うん。たしかにそれくらいかな」

 そうなんですよねぇ……と、ため息混じりに呟く彼女。
 その様子に、少々不安になる。

「……あの、僕なんかまずった?」
「え?」
「いや、急にそんな話するから……まさか別れ話とかそーいうんじゃ……」
「ち、違いますよ!!」

 みゆきさんが珍しく声を荒げる。

「あなたと別れるだなんて、考えたこともありませんっ!」
「ご、ごめん……」

 その剣幕に気圧されていると、はっとなったみゆきさんが耳まで真っ赤になって頭を下げた。

「あっ……ご、ごめんなさい。大きな声だしたりなんか……」
「いや、僕のほうも軽率だったし」

 互いにごめんなさいをしたところで、改めて本題に。大きな声を出したおかげ(?)か、みゆきさんは大分落ち着けたようだ。

「それぐらいになるんですけど、どうもよそよそしい気がするんですよ」
「そうかな?」

 普段声を上げるようなことがない彼女の意外な一面が見れるくらいには仲がいい……とは思うし。

「こなたさんたちからは公認バカップル扱いだしねぇ、僕とみゆきさんは」
「バ、バカップ……」

 思わず絶句するみゆきさんが「と、ともかく」と咳払いする。

「“それ”なんです」
「へ?」
「さっきの……私のこと、“みゆきさん”って呼ぶこととか……」

 みゆきさんの言葉の真意が一瞬判らず、疑問符が乱舞する。

「もっとも、それは私もなんですけれど……あなたのことは、ずっと“さん”づけで呼んでいますし……ずっとこうやって敬語でお話していますし……」

 その言葉に、ようやく合点がいった。
 このいじらしくもいとおしい女(ひと)は、もっともっと近づきたいと願っているんだ。
 手を繋いでも足りない。好きだよと言葉を交わしても尚足りない。

 どうやら彼女は、僕が思っていた以上に欲張りらしい。
 そしてそれが……とてつもなく嬉しい。

「なるほど。よし、じゃあやってみようか」
「あ……はいっ」

 嬉しそうに頷くみゆきさん。ああもう可愛いなあ。

「とはいえ……具体的にはどうするか。みゆきさんの場合、敬語はずっと続けてきたものだろうし、突然変えるのってなかなか難しくない?」
「そ、そうでしょうか?」
「言ってるそばから敬語モードなくらいには」

 はっとなったみゆきさん。耳まで真っ赤である。

「まぁそっちはおいおい慣らしていこうよ。もう一個のほうならすぐにでもできるんじゃない?」
「ええと……呼び方ですね。お互いの」

 今僕たちはお互い名前で呼び合っているものの、さん付けである。
 これも、僕たちが出会ってからずっと変わっていない。

「呼び捨てにしてみる?」
「そっ……それは……ええと……その……」

 ごにょごにょと口ごもる。まぁなんとなくそんな気はした。僕にとってもみゆきさんを呼び捨てにするのは少々ハードルが高い。

「あらためて友人全員呼び捨てにしているかがみさんはすごいと実感するね」
「そうですねぇ……」

 顔を見合わせて苦笑する。あ、そうだ。

「それじゃ、あだ名……とかどうかな?」

 人によっては呼び捨てより難易度高そうだけど。

「あ、それならなんとか……いけそう……かと」

 頷いて、「ええと……“ゆうき”さんだから……」と口の中で小さく呟くみゆきさん。
 ややあって、すっと正座でこちらに向き直った。

「ゆ……っ」

  ――ゆう、くんっ……!

「……っ!!」

 鼓膜にふと触れた柔らかな声に、顔面が一気に熱くなった。

「ど、どどど……どう、でしたっ!?」

 みればみゆきさんも顔真っ赤で、火照ったらしい頬を手で押さえている。

「い、いいいい、いいと思うよ?」

 ゆ、油断した……! 破壊力凄ごすぎるだろうこれ……!

「じゃ、じゃあ今度は、ゆうきさ……ゆうくんの番……ですよ?」
「う、うん……」

 よし、呼ぶぞ……って、何で呼ぼう?

 “みゆき”さん……
 そういえば、つかささんは“ゆきちゃん”って呼んでたっけ。改めて考えると巧いな。
 それでもいい気はするけど、なんか違う……気がする。
 僕が呼ぶ。僕だけの……

「……よし。呼ぶ、よ?」
「は、はいっ……」

 二人してガチガチだ。名前……あだ名を呼び合うだけなのに。初めて想いを伝え合ったときよりドキドキしている僕たちがいる。


  ――――。


 喉から出た声が、想いを帯びて、彼女へと届く。
 顔の熱はさっきの比じゃない。それは彼女も一緒で、耳まで真っ赤でうつむいて。

「……はいっ」

 照れくさそうに、それでもとても嬉しそうに微笑んで、愛しい人は応えてくれた。


 ・
 ・
 ・


「なんだか、とてもドキドキしています」
「うん、僕も」

 どうにか目的を果たした僕たちは、どちらからともなく寄り添って一息つく。
 ふと、ゆうくん。と、彼女が呼んで。

「なに?」
「ふふ……呼んでみただけです」

 ふと僕が、彼女を呼んで。

「なんですか?」
「呼んでみただけ」

 いとおしさと可笑しさに、お腹が震えて、笑いが零れ落ちる。

「なにやってんだろうね?」
「……ですね」

 触れた指先を絡めて、お互いに体重を預けあって。
 心地よい重みを肩に感じながら、幸せを噛み締める。

「好きだよ」
「ええ……私も……大好きです」

 耳元で、優しげな囁きが、僕の耳と心をくすぐった。


     -fin-




 もう何年ぶりだろうね? てな勢いですが。
 PSPにも移植された「らき☆すた/稜桜学園 桜藤祭」より、みゆきさんメインでSS書く。

 今回のテーマは「なまえをよんで」

 なのはか!

 いや、そらゲーム中でみゆきさんなのはコスしたけども。アルティメットかんけーねー。


 彼女のキャラクター上、敬語とかさんづけとかは切っても切れないスタンスでありまして、無理矢理取っ払っちゃうとアイデンティティ崩壊しかねない部分なのですが、頑張って挑戦。
 まぁ、結局タメ口まではいけずに名前呼びに終始しましたが。

 「ゆうくん」というあだ名は、こなたメインのときのデフォなんで一瞬使うことを躊躇したんですが、音的に外せなかったのでそのまま。
 ときメモだって基本あだ名は全キャラ共通なんだぜー(ぇ

 一方、みゆきさんのあだ名を伏せたのは、読み手それぞれに呼びたい呼び方があるんだぜ!と。
 決して“ゆきちゃん”よりいいのが浮かばなかったからではなく。ええ決して。

 ギリギリまで“みゆちゃん”あたりを悩んでいたんですが。



 さてさて。
 めっきり執筆奏上!のペースを崩してしまったここ数日ですが、さらに輪をかけて崩れそうな予感がひしひしと。

 GWさしかかって団体客も増加してまともに休めない……orz

 もう一回体調整えなおさんとなあ……