炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

シーン4:交わされたS/女の絶望

<注意!>
本シーンでは、原典「仮面ライダースカル メッセージforダブル」の核心に触れる場面がございます。ネタバレを是としない方には閲覧を推奨いたしません。ご了承ください。
























「ちょっと……っ!」

 強く掴まれる腕の痛みを訴えながら、メリッサが客席の外へと連れてこられる。
 その腕を掴むのは異形の手……“蜘蛛男”のものだ。
 荘吉を中刷りの状態から落とす、その隙を縫って、蜘蛛男はメリッサと二人きりの瞬間を作り出したのだ。
 その蜘蛛男の人差し指が、すっとメリッサの左腕を指す。指先から小さな蜘蛛が飛び出し、彼女の腕を数回這った次の瞬間、それはするりと彼女の体内へと入ってしまった。

「……!?」

 蜘蛛が体内で蠢く感覚に表情を歪めるメリッサの眼前で、さらに信じられないことが起こる。
 蜘蛛男のシルエットが不意に霧散し、その向こうから現れたのは……見知った顔であった。

「!」

 その名を呟きかけたメリッサの口を「……しっ!」と人差し指で制する。蜘蛛男……否、“男”は、メリッサの名をいとおしそうに呟いて、彼女の腕の中の蜘蛛を指し示し言った。

「お前が荘吉に触れたら……奴は死ぬ」

 その言葉が嘘でないことを直感で悟り、メリッサが色を失う。もう触れられない。その絶望と恐怖感が、彼女の全身全霊を苛んだ。

「荘吉なんか必要ない……君を守るのはたった一人……この俺だけであればいいんだ。全てから守ってやる……そう、あの矢口孝三からだって……!」

 “男”の口から出た名前に、メリッサがはっとなる。

「まさか……知ってたの?」

 風都のアンダーグラウンドまことしやかに囁かれる、矢口孝三に関する黒い噂。しかしそれは事実であることを、矢口の事務所に籍を置くメリッサは知っていた。目の前に居る顔見知りの“男”は、あの悪意から自分を守るために蜘蛛男になったのだという。

 そのために、たとえバケモノに身をやつしてでも。

「愛しているよメリッサ……」

 そう呟き、肩を抱く“男”の手に、メリッサの蜘蛛が一瞬近寄りかけたが、すぐに踵を返すのを、メリッサは視界の端でぼんやりと見ていた。



「メリッサーッ! どこだ!? 無事かッ!?」



 遠くから聞こえる声に我に返る。荘吉が自分を呼んでいる声だと、メリッサが認識すると同時に、その声に返事をしたのは“男”の方であった。

「さぁ、行くよ。わかってるとは思うけど……」

 この場でのことは他言無用と、“男”の目が言う。それに頷くことも拒むこともできず、メリッサは“男”に手をとられ、ステージへと連れ出される。

「……マツ」

 メリッサが口の中で、小さく“男”の名をつぶやいた。


 ・ 
 ・ 
 ・ 


「荘吉!」 

 ステージでメリッサを探す荘吉の背中に声がかかる。振り返ると、マツがメリッサを連れて駆けつけて来ていた。 

「よかった、メリッサ……」 

 無事な姿に安堵し、荘吉がメリッサに近づこうとすると、彼女はそれを拒むように身をよじった。

「どうした……怪我でもしたか?」 

 庇うように左腕を押さえるメリッサに、荘吉が怪訝な視線を向ける。掌の裏にその理由が隠されていたが、事情を知らぬ荘吉は気づかない。 

「余計な心配はするな。こいつはこっちで守る」 

 刺々しい声が耳朶を打つ。いつの間にか現れた矢口が、メリッサの腕を無造作に取った。それを振り払い、メリッサが荘吉の下へ駆け寄る。 

「お願い荘吉……」 

  ――蜘蛛男を、止めて。 

 そう、悲痛な面持ちで荘吉に伝えると、今度こそ矢口がメリッサを連れてホールを後にした。 

「矢口……」 

 その後姿に蜘蛛男を重ね合わせ、荘吉が睨みつける。 

「やめとこう! 相手は普通の人間じゃない……」 

 ともすれば動き出しそうな荘吉を、慌ててマツが止める。「あ、名案!」と指を鳴らして、警察にお願いしようと言うマツに、荘吉の答えはやはりNOだった。 

「調べてくれマツ……お前の“本棚”で」 
「うわぁ……言うと思った」 

 いつもどおりのパターンだ。荘吉が決めたことは絶対に覆らないし、彼の頼みで情報を集めるのは、マツの“本棚”の仕事だった。 

「はいはい……」 

 了解。と指を鳴らしたマツの人懐っこい笑顔に、荘吉もようやく笑みを浮かべるのだった。



    -つづく-



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 さて、原典では回想シーンとして描かれたメリッサと蜘蛛男とのやりとり。

 今回このシリーズをやるにあたり、回想シーンは基本的に時系列通りに組み込むことにしていたのでこのタイミングなのですが……

 当然ながら、蜘蛛男の正体が明らかになってからのシーンということで、この段階でいきなりネタバレしてしまうという暴挙。
 最初は可能な限り伏せる方向で組んでいたのですが、どうあがいても無理ゲーだったので、結局この場面で明かすことに。
 ラストのラストまで名前を呼ばせなかったのは精一杯の抵抗ですねw

 まぁ名前を伏せたところで、状況証拠からあっさりバレてしまいますしネ。

 それに、「刑事コロンボ」を初めとする、しょっぱなから犯人がわかっているタイプのミステリーだってありますからして。倒叙モノ、と言うそうですね。

 ……まあ、そのタイプの謎解きをおやっさんがするわけじゃないんですけども。

 というか、そもそもミステリー形式で書くこと自体は最序盤から放棄してますので。(読者が)謎解きをすることはないんですよねー。

 などとなどと。