――近代化の目覚しい風都にあって、今尚古きよき時代を残す一角があった。
今では正式名称を知る住人も少ないこの神社もその一つであり、夏祭りも秋祭りもとうに過ぎた11月でもなお、週末には幾ばくかの屋台が並び、そこへ訪れる人々も決して少なくはなかった。
「これか……ほら」
手渡した風車に、目を輝かせながら「ありがとう!」と笑う少女に柔らかな笑顔で応える男の浴衣姿は、涼しいを通り越して肌寒さを感じる晩秋の空の下でも違和感はなく、境内の中だけ夏が戻ってきたような錯覚すら与えていた。
「よっ……サム」
その浴衣姿の男に、荘吉が声をかける。
男……サムこと尾藤勇<びとう・いさむ>は、過去に起きたとある事件の際に荘吉に助けられ、それ以来彼は荘吉に全幅の信頼を置いていた。
また荘吉も、サムを信頼し、彼自身や彼の人脈を伝い、いくつかの事件を解決に導いたことがあった。
サムのように、風都の人間関係や裏事情に詳しい事情通たちを、荘吉はとある有名な探偵小説の登場人物たちになぞらえて“風都イレギュラーズ”と呼んでいた。
「旦那、頼まれてたやつ、うってつけがいましたよ。……<ストーン>って奴です」
サム曰く、その渾名どおり石ころみたいに目立たない男だという。
「こいつは建築物オタクで、街中の建物の構造を良く知ってるんですよ」
イレギュラーズにおいては、もっとも広い人脈を持ち、また暗部にもそれなりに顔が利くサムに、荘吉は矢口の根城へと潜入する手立てを依頼していた。そこへサムが紹介したのが、件のストーンなる男である。
「……何処にいる?」
しかし、紹介はされたが、その当人が見当たらない。サムに問うと、強面が薄く笑い「旦那のすぐ後ろに」と言った。言われて振り替える荘吉の目の前に、作業着姿の男がいつの間にかぽつんと立っていた。
「……まァた気づいてもらえなかったなぁ……」
無表情にぼんやりと呟くストーン。その言葉の端は、少々寂しげにも思えた。荘吉は少し口の端を持ち上げて、「こいつは適任だ」とストーンの肩を軽くたたいて寄せる。
「借りてくぞ」
ストーンをつれて神社を去る荘吉の背中に、サムが「お気をつけて」と声をかけた。
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「……で、旦那さん? 俺、なにすりゃいいンです?」
「ちょっと忍び込みたいところがあってな……建築物に詳しいあんたなら、セキュリティを無効化させることだってできるだろう?」
「まぁ、そんくらいなら……」
ストーン曰く、本職は電気工事士らしい。建築物好きが高じて、合法的に建物の中に入り込める仕事を選んだと言う。サムの言った通り、まさしくうってつけの人材だ。
「どこに行くンです?」
「……矢口芸能社だ」
「おお……あの建物もなぁかなか味があるんですよねぇ……オフィスに使ってるとはとは思えない造形美がまた堪んないんですよ……」
無表情が少し緩み、愉しそうに建物の良さを語るストーン。専門用語が多すぎて解読にも一苦労な彼の話を、荘吉は嫌な顔一つせず相槌を打ちながら聞き入った。
「……んあ」
ふと、捲くし立てていた自分自身にようやく気づいたストーンが目を伏せる。
「まァたやっちまった……すんません旦那、自分ばっかりくっちゃべっちまって。建物のコトになると我忘れちまうっていうか……尾藤の兄貴にもよく自重しろって言われてンですけど……」
恐縮しきりなストーンに、荘吉は「気にするな」と声をかける。
「好きなものがあるってのは、それだけで強さだ。もっと自分の好きなものに胸を張れ」
こんな風にな。とストーンの背中を叩き、その勢いで猫背気味のストーンの背筋を伸ばさせた。
「……ありがとうございます、旦那」
含羞(はにか)みながら、ストーンが笑った。
-つづく-
シーンタイトルの「遊撃隊」というのは、「イレギュラーズ」の和訳。
他の版だと「不正規連体」「特務隊」とも訳されるそうですね。
サムはテレビシリーズにも登場したハードボイルダー。もう翔太郎が霞むレベルのw
TVシリーズでは10年服役して帰ってきたということなので、ちょうどこのエピソードのすぐ後くらいに捕まっている、と考えるべきか。
オリジナルシーンとして芸能社へ潜入する前のおやっさんとストーンのやり取りを追加。オタクって自分の好きなこと、相手が知っているかどうか抜きで語ること多いですよね(偏見
……まぁ、自分がそのクチですが(滝汗
おやっさんのセリフは、実は自分が一番言ってほしいセリフなのかも。
幸か不幸か、自分の趣味を心から理解してくれる人物(特に大人)はいなくて(それもそうだろうが)、否定に否定を重ねられた結果、どこか自分の好きなことが曖昧模糊な人間になってしまいました。
就活も何がやりたいのかわからない始末。13歳のハローワーク眺めてもピンときやしねえ。
……ヒトの所為にするな? そりゃごもっとも(トオイメ