炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

シーン2:誰がために捧ぐS/風都の歌姫

シーン2:誰がために捧ぐS/風都の歌姫 


 白いスーツに袖を通し、愛用の白い帽子を手にする。いつものスタイルを決め、荘吉はマツとともに車に乗り込み、現場を目指す。 

 メリッサの待つ<シティホール108番館>は、風都の中心部からすこしだけ離れた場所にあった。 

 いつしか振り出した雨を蹴散らしつつ、二人がホールの扉を開くと、風都の歌姫が今まさに歌いはじめたところであった。 
 二人に気づいたメリッサが、他の観客にわからないように小さく手を振ると、二人もそれに応える。 

 凛とした中に優しさをたたえたメリッサの歌声が紡ぐナンバーは、彼女の十八番だ。 
 できれば聞きほれていたいところだが、仕事がある。 


  “最愛の歌姫 メリッサへ” 

  “今後 ステージでは必ず俺のリクエスト曲を歌え” 

  “百点満点で採点して減点の数だけ会場の客を殺す。” 


「“――君のナイト 蜘蛛男”……」 

 ファンレターを改めて音読し、マツが肩をすくめて苦笑する。 

イカレてるよこいつ……ね、荘吉」 

 こういうの、やめようね?と提案するマツに、荘吉は「断る」とだけ返す。 

「もう、決めたことだ」 

 小さくため息をつきながら、マツは「気をつけてよ?」と荘吉に促す。 

「彼女の周辺、いろいろとキナ臭いんだから……」 

 そう言ってマツが客席の奥に視線をやり、荘吉もそれに倣う。 
 その先には、黒尽くめのいでたちにサングラス……いかにも、な姿の男が、妻らしき女を傍らに置き、メリッサのステージを鑑賞していた。 

「特に、あの<矢口孝三>。メリッサの事務所の社長で、このホールのオーナー……」 

 裏でヤバい組織とつながっているらしい、とはマツの弁だ。 

「ちょっと、挨拶してこよう……」 

 マツが止めるのも聞かず、荘吉が矢口の元へと向かう。 

「……よぅ、社長」 

 少々不躾な訪問に、後ろに控えた黒服が動き出すのを手で制し、矢口がサングラス越しに荘吉を見やった。 

「メリッサが入れ込んでるって言う貧乏探偵か……」 

 言葉の端に嫌味を混ぜつつ牽制を仕掛ける。「何の用だ?」との問いかけに、荘吉はメリッサの歌声を背に答えた。 

「悪党から彼女を守りに来た」 
「彼氏気取りも大概にしろよ……?」 

 ゆっくりと立ち上がり、荘吉に詰め寄る。細君がそれを抑え、矢口は不服気に荘吉の横を通り過ぎた。 

「どちらへ?」 
「……便所だ」 

 そう言って姿を消す矢口を、荘吉は横目で見送る。ちょうどメリッサのステージが終わったところらしく、客席は万雷の拍手に包まれた。 

「きゃあっ!? 何これ!!?」 

 と、不意に拍手のさざ波がが阿鼻叫喚へと切り替わる。客席に無数の蜘蛛が現れ、観客たちの体中に纏わりついていたのだ。 

「な、何だアレは~っ!?」 

 そのうちの一人が、天井へ向けて指を指す。異形の人影が、高らかに嗤いながら糸伝いに降りてきていたのだ。 
 蜘蛛を思わせるその姿は、荘吉に今回の敵がそれであると伝えるに十分であった。 

「蜘蛛男……!」 

 糸を駆使し起用に降りてくる蜘蛛男は、メリッサを見つめ興奮気味に口を開いた。 

「良かった! かなり良かったぞ、我が歌姫……」 

 大仰に蜘蛛足のついた腕を振るい「採点しよう」と呟く。 

「さぁ、何人死ぬかな……?」 

 観客の肩に止まった蜘蛛が、キチキチと口元を鳴らす。即座に殺せるぞ、と警告しているように見えて、女性客の何人かはその恐怖を受け、既に失神していた。 

 観客の様子を意に介することもなく、蜘蛛男は口でドラムロールを再現し、ジャーン!と腕から糸を放った。 

 後ずさるメリッサの足元で、糸が“100点”の文字を描く。 

「死人は出ずに済んだなぁ?」 

 蜘蛛男の呟きと同時に、蜘蛛の群れが文字通り散らすが如く消え去り、観客たちが一様に安堵する。 
 もっとも、驚異が遠ざかったわけではない。蜘蛛男は依然、その目の前にいるのだから。 

「これからも歌い続けろ……“俺だけ”のためにな」 

 熱い視線をメリッサに注ぎ、蜘蛛男が笑みを浮かべた。 

「そこを動くな、バケモノ!」 

 と、ホールの入り口から張りあがる声。どたどたと派手に足音を鳴らしながら、数人の制服警官が拳銃を片手にステージ前に飛び込んできた。 

「風都警察署だ……大人しく投降しろぉ!」 

 市民を守るべく立ちはだかるその姿は、流石に警官の鑑と言えたが、明らかに異質なものを相手に、警告の言葉は震えている。 

「……フン」 

 警察など、拳銃など恐れるに足りないとばかりに、鼻で哂いながら糸を吐く。先頭にいた警官の足を引っ掛け転がすと、続けて数人の警官の手を拳銃ごと絡めとり振り回した。 

 トリガーにかけていた指が半ば強制的に引き絞られ、銃声が響く。再び巻き起こる観客の悲鳴とのコラボレーションに、蜘蛛男が下卑た笑い声を上げる。 

「やめな……さいよぉっ!!!」 

 その背後にいたメリッサが、履いていたハイヒールを脱いで蜘蛛男の高等部を殴りつけた。その勇敢さは彼女の美点ではあったが、言い方を変えればただの無茶だ。 
 振り返る蜘蛛男の充血したまなざしがメリッサを見つめ……その手をメリッサの首に伸ばす。 

「君は歌っていればいいんだよ……俺だけのためにッ!」 

 荘吉が傍観者に徹しているのもそこまでであった。彼のいた二階席から、ガラスのフェンスを乗り越え、一気に下に飛び降りる。 
 ステージに躍り出た荘吉は、そのまま蜘蛛男に肉薄し、強烈なハイキックを浴びせた。 
 ひるんだ隙に戒めの解けたメリッサを取り戻し、蜘蛛男から引き離す。 

「俺の依頼人に手を出すな……!」 
「荘吉!」 

 蜘蛛男の意識が荘吉とメリッサのみに注がれる。その隙に、警官たちが観客たちを誘導して逃がし始める。 

「みんな、ここは危ないから今のうちに逃げるぞ」 

 速やかに避難を始める観客たちに紛れ、荘吉の背中を、熱い視線で見つめる少年の姿があった。 

「あの人見たかよ真里奈……超かっけえ!」 

 傍らにいた幼馴染に引っ張られながら、その眼はいつまでも荘吉を追う。 

 ・ 
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 この少年。後にその憧れの背中にたどり着き、やがて並び立つことになるのだが…… 

 それはまた、別の話である。 



   -To be continued- 






 久しぶりのスカルノベライズです。 

 このシーンは少年期の翔太郎が出てきたり、シンバルキック乱舞したりと、見ごたえがあるシーンのひとつ。 
 蜘蛛男ことスパイダー・ドーパントの怪異性、怪奇性も然り。 

 これを文章で表現することの難しいことキツいこと。 

 誰だよこれやろうって言ったの(おめーだよ 

 まぁ、楽しいからよし。 


 そろそろ気分転換に他のやろうかなぁ……?


※2014年05月07日 mixi日記初出