炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】虹彩の双翼:前編【水晶騎士篇】

 ―――どこまでも、底抜けに青い空。

 僕は、空を見る。

 空を通して、僕は……世界を見ているんだ。


『…ねぇ』

 行きかう雲に思いを馳せる。
 あの雲はどこからきて、どこへ行くのだろうか。

『……ねぇ』


 嗚呼、だだっ広い世界に反して、僕と言う存在の、なんとちっぽけなことか。


『ねえってば!!!』


 …………うるさいなぁ。


「なんだよ、ナディア」
『あら、生きてたのね』

 しれっと言ってのける右腕の“相棒”に、僕は溜息をひとつつく。

『まったく、1週間も食事を抜いていればそりゃ倒れもするわよ』
「しょうがないだろ。財布の中身が尽きてるんだ」
『だからいつも言ってるでしょう。報酬を貰った端から寄付するのはほどほどにしときなさいって』

 …またはじまったよ。

『だいたい、どこに寄付してるか知らないけど……』
「いいだろ? それは僕の勝手だ」
『そりゃそうなんだけど、それで貴方が体壊しちゃ元も子もないでしょう? 貴方の<仕事>は体が資本なんだし』

 ナディアの言う通りではある。

 僕が生業としている<魔戒騎士>という仕事は、文字通り命を懸けて行うものだ。
 万一身体を壊してしまえば、寄付に回す報酬だって少なくなってしまう。

『いや、そう言う問題じゃなくて……』
「……わかってるよ。流石に一週間飯抜きはキツい」

 ふらりと立ち上がる。

『何処行くの?』
「鋼牙んち」
『またたかりにいくのね…』
「人聞きの悪いこというなよ」

 ……事実だけどさ。




    牙狼・異聞譚/水晶騎士篇~虹彩の双翼~




「ようこそおいでくださいました、透様。ちょうど昼食の用意ができたところです。さ、ぜひご一緒してくださいませ」
 ニコニコ笑顔の冴島家執事、ゴンザさんに案内され、僕こと<雪野 透>は邸内にお邪魔する。

『よぉ、久しぶりだな水晶騎士』
 食卓に通されると、既に席についていた鋼牙…の相棒である、魔導輪・ザルバが声をかけてきた。
「ああ。元気そうだな、ザルバ、それから鋼牙も」
「…まったく、またたかりに来たのか」
「ナディアと同じこというなよ」

 これまた事実である以上強くは突っ込めないのだが。


 この邸宅の主…黄金騎士・冴島鋼牙と知り合ったいきさつはこうだ。
 彼がここ、北の管轄に転属された日、のちに冴島邸となる空家にやってきた鋼牙が、中で腹をすかせて目を回している僕に夕飯を振舞ってくれたのだ。

 それ以後、ゴンザさんの好意もあり、月に1、2度はこうしてご相伴に預かっている、と言うわけだ。

 ちなみに、その空き家が冴島邸として使われるようになるため、必然的に雨露を凌げるところをなくした俺は、少しはなれたところにある“玄武の洞穴”で寝泊りしている。
 これに関しては、ゴンザさんが鋼牙に口ぞえして、引き続きここに住まわせてもらう…という話もあったのだが、流石にそこまで世話になるのも恐縮至極なので丁重にお断りさせてもらった。

 ・
 ・
 ・

「そういえば、もうすぐサバックか」
『そうだな。ま、鋼牙にゃ関係のない話だけどよ』
『そうか、黄金騎士は参加を認められてないものね』
 少人数で暮らしている割にはひろい食卓で、会話の花が咲く。
 …もっとも、鋼牙はめったに口を開かないけれど。

「ただいまー…あ、いらっしゃい、透君」
「あ、ども。おじゃましてます」

 扉が開き、油絵の具の匂いとともに女性が顔を出す。ここ冴島邸に住んでいる女流画家・御月カオルさんだ。近年では珍しく魔戒騎士のことを絵に書いており、僕自身も何度かモデルを頼まれたことがある。

「あ、そうそう」

 思い出したように、カオルさんが口を開く。
「昨夜私が作り置きしといたカレーがあるんだっけ」
 その言葉に、鋼牙が目に見えて動揺した。
「透君、身体に似合わずよく食べるもんね。それも食べない? 鋼牙ってばあんまり食べずに残しちゃうもんだから…」
「あ、はい。いただきます」
 快諾する。カオルさんは「じゃ、ちょっとあっためてくるね」と笑顔で引っ込んでいった。

「…お、おい…」
「?」
 珍しく表情を引きつらせる鋼牙であった。

   *

「いやー、ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
 笑顔で皿を片付けていくカオルさん。
「いやぁ、鋼牙の嫁さんにしとくのはもったいないくらいですね」
「ちょ、もう、やだー」
 カオルさんが顔を真っ赤にする。
「じゃ、私、これ台所に持っていったらしばらく作業に入るから」
 鋼牙にそう声をかけて、カオルさんがドアの向こうへ消えた。

「……おい、透」
「ん?」
「その…大丈夫なのか?」
 なにやら神妙な面持ちで問いかける鋼牙。
「何がさ」
『いや、あのカオルの料理を食って平然としてられるとは…』
 ザルバの言葉に、合点がいく。
『お前さん、胃袋ソウルメタルで出来てるんじゃないのか?』
「そんなことは……ないよ?」
 さすがに限界がきて、体がぐらりと倒れる。
「!」
 派手な音をたてて床に転がる僕に、慌てて鋼牙が駆け寄る。
「い、いやぁ……いままで色々なもの食べてきたけど…これはまた…」
『しっかりなさい、傷は浅いわよ』
 ナディア、なんかズレてる。
「……まったく、不味かったら残せばいいだろう」
「そうはいかないよ」
 よろよろと立ち上がりながら、僕は言う。
「“人の手料理は残さず食え。それが女性からのものなら尚更だ”…僕の持論でさ」
『…たいしたタマだぜ』
 ザルバが感心半分、呆れ半分でそう言った。

   *

「鋼牙さま、透さま」
 ―――夕刻。 

 鋼牙と庭で軽く手合わせをしていると、ゴンザさんがやって来た。
 手には紅い封筒が二つ。
「…っ」
 鋼牙の目つきが一層険しくなる。
 ゴンザさんの手から封筒…指令書をひったくると、手早く魔導火で炙る。灰が浮かび上がり、魔導火の文字が宙に踊った。

 【全にして個、個にして全なる魔獣、陰我に誘われ、二者なる一者を狙う】

「相変わらず謎かけのような指令なことで」
 溜息混じりに、僕も指令書を炙る。現れた指令の内容は、鋼牙宛てのそれとまったく同じであった。
『これは……』
『でしょうね』
 魔戒文字を目で追いながら、ザルバとナディアが呟く。
「心当たりが?」
『ああ、お前らの嫌いな女喰いのホラーさ』

 ―――ぴくり。

 自分のこめかみが震えるのを感じた。

「…行こう!」
 僕の言葉に鋼牙が頷き、二人の足が同時に地面を蹴った。




  -つづく-



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 お待たせしました的な。
 というわけで、異聞譚シリーズのトリを飾るは水晶騎士・氷翠こと雪野透くんでありんす。

 先日まで牙狼×クウガ書いてた影響もあって、わりかし鋼牙が動いてくれます。…やっぱりというかあんまり喋ってくれませんが(汗

 動かしにくい…(トオイメ

 ま、メインで動くのは透なのであんまり気にしてもしょうがないと言えばソレまでなんですけどねー。

 さて、後編はいつになるかな…順番的には瑪瑙騎士篇書き切ってからにはなると思うけど…