炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

東方地霊殿・異聞/プロローグ


――紅魔館地下・大図書館。

光も風も届かぬこの知識の蔵は、たった一人のために用意されている。

「……この本前に読んだわね」

彼女――パチュリー・ノーレッジは、ぱたんと広げた本を閉じ、次なる知識の探究を求め、積み上げた本に手を伸ばす。

彼女にとって読書は日課……否、生態の一部であり、知識を得ることは呼吸と同義なのだ。

知識を封じ込めた紙とインクの混ざり合った匂い。刻々と捲られていくページの擦れる音。五感全てで知識を得ているような気がして、彼女はこの匂いも音もこよなく愛していた。

「……?」

ふと、パチュリーの耳に、紙の音とは異なる音がかすかに紛れ込む。一瞬の逡巡ののち、彼女はそれが図書館の扉が開いた音だと認識した。

さて、この時間図書館にに来る者はかなり限られる。紅魔館の主であり、パチュリーの友人でもあるレミリア・スカーレットは、まだ起きだしてきたところだろう。数刻前に時計塔が十二時を知らせたばかりだ。寝起きにわざわざこちらに来ることもない。
そのレミリアの世話をするメイド長こと十六夜咲夜も、起きたばかりのレミリアと一緒のはずだ。仮にお茶を淹れにきたとしても、それはもう少し後になる。

となると……。

パチュリーは読みかけの本にしおりを挟みながら嘆息する。脳裏に浮かぶのは嬉々として本を漁っていく<普通の魔法使い>の姿。
曰く「死ぬまで借りていくだけ」との弁でしょっちゅう図書館にもぐりこんではしれっと持ち去っていくのだ。
本の傍にあるのは常に自分であると自負しているパチュリーからしてみればあまり面白いものではない。
(態々持って帰らなくともここで読んでいけばいいのに)
ついでにお茶の一杯を出すこともやぶさかではないのに……と思い浮かんだ考えを慌てて追いやる。
(……まったく、何を考えてるのかしら私も)

ともかく、気づいた以上本を持っていかせるわけにはいかない。少々面倒だが、久しぶりに実力行使でお引取り願おう―――

「ぎゃんっ!?」

そう思って立ち上がった刹那、妙な悲鳴と爆発音が同時に響いた。

「!?」
パチュリーは咄嗟に魔力で自身を浮かせ、爆音のあった場所へと向かう。紙の焦げた嫌な匂いと、黒い煙を通り過ぎると、散らばった本の山が視界に飛び込み――

「ま、魔理沙!?」
「きゅぅぅぅぅ~~~~」

至近距離で爆風を浴びたのか、白黒の魔法使いが真っ黒になってのびていた。






「いやぁ~、私としたことが失敗しちまったぜ」
「まったく……仮にも魔法使いなら解呪くらいしなさいよ」

かんらかんらと笑う魔理沙に、呆れ顔を向けるパチュリー

さっきの爆発は、魔導書の暴発によるものだ。魔導書は、それそのものが強力な魔力の塊であり、魔力を持つものがうかつに開くと、内包された魔力と接触し、爆発や突風などを引き起こすのだ。そのため、魔導書を開く際は、それを抑えるための魔法を行使しておく必要がある。

「ただのアミュレット作成指南書だと思ったら結構本格的なものだったみたいだぜ」
「アミュレット? 貴女が作るっていうの?」

魔理沙の口から意外な単語がこぼれ、パチュリーは首をかしげる

「ああ、ちょっと入り用でな」
「入り用……ねえ?」
魔理沙の傍らに積んである本を一瞥すると、普段やたら旧い魔導所の類を持ち去る彼女にしてはチョイスが妙だ。
「……<湯治108法>、<世界の銭湯>、<アミュレット用魔法言語>、<護符を効果的に用いた結界の作り方>……何これ?」
「何これって、おまえんトコの図書館の本だろうに」
「私だって蔵書の全てを理解しているわけじゃないもの」

たまに外の世界の本を小悪魔が仕入れてくることもあるのだ。最近は耽美系だかなんだかの小説が増えてきたような気がするのだが。

「で? どうしてまた温泉だのアミュレットだの調べようと?」
「まぁ、話せばちょいと長いんだがな……」

魔理沙が言うには、先日博麗神社の傍に間欠泉が湧き出したらしい。間欠泉とはすなわち温泉であり、神社の巫女である博麗霊夢は温泉をダシに参拝客の増加をもくろんでいたのだ。

「ところがどっこい、温泉と一緒に地霊も湧き出してな」
「なんですって?!」

目を見開くパチュリー。思いがけぬリアクションに魔理沙も目を丸くした。

「っと、落ち着けよ。地霊ったって基本的にゃ何もしないんだ。だから霊夢とも相談して、基本的にはほっとくことにしたんだ。ただ、普通の人間は幽霊って怖いもんだろ? だから霊除けの護符をってことになったんだが、霊夢も対地霊用の護符とか詳しくないってんで、西洋魔術のアミュレットも使おうって」

それで作り方を勉強する羽目になったんだよ。と苦笑する魔理沙。一方パチュリーは顔をしかめる。

「危険がないとは言い切れないわ。地霊とは地獄に落とされた霊のこと。つまりは怨霊よ? 人間や妖怪に害をなさないと断言できる?」
「そりゃ断言はできないかもしれないが、どーにかなるんじゃないか? 大体ここは<幻想郷>だぜ? 妖怪やら亡霊が跋扈してるところに、今更地霊の10匹や20匹増えたところでどーってこともないだろう?」

そんじゃ。と、話は終わったとばかりに図書館を出て行く魔理沙

「待ちなさい」
「あん?」
飛び去ろうとした魔理沙パチュリーは呼び止めて、積まれていた本を指差す。

「持っていきなさい」
「へぇ、くれるとは気前がいいねぇ」
「誰もあげるなんて言ってないわ。あくまで貸すだけよ」

指摘もどこ吹く風とばかり、本を抱える魔理沙に、パチュリーは静かに付け加える。

「しっかり読んでおくことね。……いずれ必要になる知識もあるでしょうから」
「?」

そう言いながら魔理沙に新たに押し付けた本は、地底世界と地霊達に関するものだった。







「さて、どうしたものかしら……」

魔理沙が去り、再び静寂を取り戻した図書館の片隅で、パチュリーは独りごちる。

地底世界のことは、本を通じて識っていた。地底に住まう妖怪たちが、地上の妖怪の手に負えない力を有していることも。

今はまだ地霊しか出ていない筈。だがこのままでは妖怪たちも地上に上がってくることは想像に難くない。
事態に対処するには、もっと知識を得なければならない。魔理沙に“貸した”本の知識は既に頭に入っているから、さらに詳しいものを探す必要がある。

「とはいえ……開きっぱなしの地下を放って置くわけにもいかないわね。紅白も白黒も能天気だし……」

相談する相手を求めようにも、普段から引きこもっている身。知人は数えるほどしかいなかった。

「しかたない、か……」

思い浮かんだ顔は、できればあまり関わりたくない人物の筆頭であったが、背に腹は代えられない。
本の整理をしていた小悪魔に外出の旨を伝え、パチュリーは数ヶ月ぶりに自ら図書館の扉を開いた。




東方地霊殿・異聞 -An archive doesn't move. 








ついにというかやっとというか。
東方二次創作に手を出しちまったんだぜ…………

さて、今作は東方Project第11弾「東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.」を原作に、パチュリー・ノーレッジの視点からメインストーリーを追っていくスタイルであります。
ゆえに、原作の核心に関わる部分に触れることもあるので、ネタバレいやーな方は読むのを辞めといたほうがいいです。

…というのを後書きで書くのはちょっとアレな気もしますが、この時点ではまだ原作本編開始前なのでセーフ……ですよね? ね?

ところで今作のサブタイ「An archive doesn't move.」
和訳すると「大図書館は動かない」なんですけど……

プロローグラストでいきなり動いてるじゃねえか!!!



……そんなかんじでのっけからgdgdですが、生暖かい目で見守ってやってくださいませ。

素材が揃い次第、動画版も作ろうと画策中です。そちらもどうぞお楽しみに?