シーン2:女/Alchemist
義肢職人のねぐらは、魔戒法師の里・閑岱のはずれにあった。
掘っ立て小屋のような簡素なつくりの建物からは金属を打つ音が響く。猛竜は辺りを見回すと、ここで間違いなさそうだと察して、小屋に近づいた。
「しっかし、えらく鄙びた所にいやがるなぁ……」
ただでさえ人里から隔絶された地である閑岱の、魔戒法師たちの集落からも遠ざかったこの場所は、人の往来を拒絶するような、見えない壁でもあるかのようだった。
ここの主は、ずいぶんと気難しい人間なのかもしれない。
「うぃ~っす」
頑固な職人気質の男あたりを想像しながら戸を開く。むわっとした熱気……魔導火の炎によるものだ……が全身を包み込み、顔にじわりと汗が滲んだ。
「ん? あ、ちょっと待って、すぐ行く」
小屋の奥からくぐもった声が聞こえ、それに従いしばらく待つと、濃い湯気の向こう側から一人の“女”が姿を見せた。
「……うぉ」
思わず絶句する猛竜。噂の義肢職人が女であることにも驚いたが、なによりその格好だ。
熱を扱う仕事だからだろう、タンクトップとショートパンツだけのシンプルな装いを纏ったその肢体は、艶やかさを感じる前に仕事人らしい凛々しさを感じさせる。
とはいえ、仮に街を歩けば10人が10人振り向くであろう美しさとスタイルの持ち主だ。プレイボーイを気取る猛竜でさえ、その無防備な姿に直視を躊躇わせた。
「次にあんたは“なんてカッコしてやがる!?”と言う」
「な、なんてカッコしてやが……あ」
セリフを直前で掠め取られ、目を点にする猛竜に、女がケラケラと笑った。
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「あーらら。こりゃまたハデにやっちゃってるわねぇ……」
猛竜から手渡された義手を眺め、女法師……名乗るほどのもんじゃない、と言った……がため息をつく。
「ソウルメタルってちょっとやそっとでどうにかなるもんじゃないんだけどねぇ……どういう使い方したのよ?」
「ラスボスの攻撃をひたすら防いでた」
「……は?」
直るのか? という問いかけに、女法師はもちろん、と頷いた。
「もともとコレ、ソウルメタルの塊を削り出しただけのものだからね。ホントなら一度熱を加えて再生成したいところだけど……それはイヤでしょ?」
「そりゃまぁ……わかんのか?」
「まぁね」
プロですから。と嘯き、女法師が笑う。
「ソウルメタルは持ち主の心を映す鏡よ。大事にしてる……かはともかくとして、大事に思ってるってのは伝わってくるもの。よっぽど思い入れがあるのね」
改めて指摘されると流石に照れくさいのか、猛竜は口元をごにょごにょとさせながら視線をそらした。
「まぁそんなわけで、ちょっと時間はかかるけど元以上にしてみせるわよ?」
「おう、助かるぜ。いくら払えばいいんだ?」
懐から財布を出そうとする猛竜を、法師は手を振って制した。
「いいわよ。報酬目当てでこういう仕事してるわけじゃないんだし」
興味があったからやっている、とは当人の弁である。
「本職は別にあるしね。片手間って言ったら聞こえは悪いけど」
「ふぅん……」
猛竜が小屋の中……しっかりと工房であった……をぐるりと見回す。義手や義足が、壁の棚にずらりと並んでいるさまはなかなかに圧巻であった。
「その代わりって言っちゃなんだけど……ちょっと頼まれて欲しいことがあるのよ?」
「いいぜ、何すりゃ良いんだ?」
しれっと応える猛竜に、法師がきょとんとした後、ぷっと吹き出す。
「即決は男らしいけど、一応話は聞いといたほうが無難よ?」
「かまやしねえよ。義手直してくれんだし、美人の頼みは聞いといて損はねえしな」
猛竜の軽口に「あら嬉しい」と破顔する法師。
「それじゃ……“お願い”しちゃおうかしらね?」
紅も引いていないのに赤く鮮やかな唇が笑みを作った。
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――後に、猛竜は語る。
『美人の見せる“悪い顔”ほど、綺麗で怖いもんはねえが……それが“怖い”ってわかるのは、大体後になってからなんだよな』
-つづく-
本作オリジナルキャラ、颯爽登場。
明確に「誰が見ても美人です」と言い切るキャラ描写は、僕の中では珍しいかもしれない。
いや、意図的に美人じゃないキャラを作ることは早々ないですがねw
もっとも、シリーズ本編には“まだ登場していません”。
存在を匂わせる発言が、何度かされている程度ですね。
おそらくはこの情報だけでピンとくる方はいらっしゃるんだろうなぁw
(ブログのほうにはまだ異聞譚シリーズ全部を移植していないのでわかんないかもですが)
さてさて。
義手の修理を請け負う代わりの、猛竜への“頼みごと”とは如何に? 次回に続く!