「…よし」
紺色のコートに袖を通す。数日振りに羽織るそれは少し重く感じ…それが使命の重たささ、などと律は気障りに心の中で呟いてみた。
「おや、体はもういいんですかい? 若旦那」
実家の造り酒屋で杜氏を任されている次郎之介が声をかける。
「ああ。どうにかね」
常人なら全治半年以上は堅かったであろう重傷は、赤酒と魔導火の併用治療と、見舞いに来た暁緋奈の献身的な看病(…と律は思っている)のおかげで、1週間と経たず全快に至った。
…もっとも、治療に赤酒を使ったため、完治後に二日酔いで丸一日寝込む羽目になってしまったが。
「番犬所からの指令も来た。いつまでも寝ちゃいられないさ」
『そう思うなら、少しはお酒に強くなって欲しいものよね』
「体質に文句言ってもしょうがねぇだろが」
『そう思うなら、少しはお酒に強くなって欲しいものよね』
「体質に文句言ってもしょうがねぇだろが」
ボヤく相棒を指で弾いて黙らせる。と、奥の部屋から律の母・汐が顔を出した。
「もう出るの?」
「うん」
「うん」
完全復帰とほぼ時を同じくして届いた指令は、南の管轄への派遣であった。先日、律を完膚なきまでに叩き潰した緑青騎士が南の番犬所に現れたとのこと。討伐の命が下ったものの、おりしもサバックの開催に重なり、魔戒騎士の絶対数が少ない。そこで、各管轄から助っ人を…ということらしかった。
「だからって、病み上がりのあなたを行かせるなんて…」
「体はもう問題ないよ。それに、倒されたとはいえ、一度は討伐対象と戦ったのは俺だけだ。少しは手助けになると思う」
『なすすべもなくフルボッコにされたってのに?』
五月蝿い、とカルマを再び指で弾く律。
「体はもう問題ないよ。それに、倒されたとはいえ、一度は討伐対象と戦ったのは俺だけだ。少しは手助けになると思う」
『なすすべもなくフルボッコにされたってのに?』
五月蝿い、とカルマを再び指で弾く律。
「……律」
「ん?」
「こっちにいらっしゃい」
「ん?」
「こっちにいらっしゃい」
手招きする汐に、言われるまま近づく律。と、その体がふわりと汐の腕に抱かれた。
「ちょ、か、母さん!?」
「じっとしてなさい」
抗議の声を上げようとしたが、母の有無を言わせぬ雰囲気に、律は押し黙ってしまう。
「じっとしてなさい」
抗議の声を上げようとしたが、母の有無を言わせぬ雰囲気に、律は押し黙ってしまう。
「…こうやってあなたを抱きしめるのは、何年ぶりかしらねぇ…」
「……うん」
「……うん」
魔戒騎士の修行を始めてからは、もうずいぶんとこうしていなかった気がする。
いわゆるお母さんっ子であった律は、幼少期はそれこそ事あるごとに母親に甘えていたのだが、それも思春期を経て、大人になるにつれて減っていった。互いに、子離れ親離れはできていたと思っていた。
いわゆるお母さんっ子であった律は、幼少期はそれこそ事あるごとに母親に甘えていたのだが、それも思春期を経て、大人になるにつれて減っていった。互いに、子離れ親離れはできていたと思っていた。
「……だめね。あなたが危険な任務に赴くたびに不安になってしまう。…魔戒騎士の母親失格ね」
「そんなこと」
かつて、愛する夫…律の父・了を任務の果てに亡くしている汐である。その想いは、律とてわかる。
「そんなこと」
かつて、愛する夫…律の父・了を任務の果てに亡くしている汐である。その想いは、律とてわかる。
「ちゃんと、帰ってくるから」
「…ええ。あ、帰ってくるときは連絡入れなさいよ。あなたの大好物作って、待っててあげるから」
「…ええ。あ、帰ってくるときは連絡入れなさいよ。あなたの大好物作って、待っててあげるから」
帰る場所があると知っているから、その場所に帰るために全力を尽くす。
“守りし者”が守るのは人々の命だけではない、自身や、その回りの、心の平穏も守るのだ。
「……ん、よし」
やがて、汐の腕の戒めが解ける。
「……それじゃ、いってらっしゃい」
気丈な笑みを見せ、汐が火打ち石を鳴らす。
「行って、きます」
汐の手製の酒瓶を引っさげ、律は帰るべき場所を後にした。
-つづく-
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前回お知らせしたとおり、しばし本編から離れ、今回助っ人となる3人にスポットを。
というわけで今回は律っちゃんをフィーチャー。
というわけで今回は律っちゃんをフィーチャー。
なんというか、母子というより、恋人のやり取りに見えるのは単に描写不足なのか俺が病気なのか…(マテ
次回は光編を予定しております。